谷田一子さん

移住歴:23年
以前の仕事:小学校教員
現在の仕事:隠岐の島特産品店「京見屋分店」


自然と人が融合する島


大自然と人がうまく調和し、互いに支えあって融合する隠岐の島。その魅力を尋ねると話が止まらないほどたっぷり話してくれた谷田さん。しかし、隠岐の島に移った当初は本土へ帰りたい一心だった。それから気付けば20年以上。どのような心境の変化が起き、移住し家庭を持ち今に至るのかをご紹介します。


「海を渡る」ことで体験する温かさ。


島根県出雲に生まれ育った谷田さん。県内の大学を卒業し、無事県内の公立小学校の非常勤講師に就任。2年が経ちいよいよ本格的な小学校教諭となる。そして、言い渡された赴任先はまさかの隠岐の島。島根県の日本海の先に浮かぶ離島。「なぜ、3年目の私が?よりによって隠岐の島?」と運命を呪うかのように辞令は残酷に思えた。

4月からの新学期に向け3月末に海を渡る。本土から約50キロ離れた隠岐の島へ行くというのはやはり「海を渡る」ということであり、海外へ行くような感覚をフェリーに乗りながら潮風に覚える。「あくまでも3年の我慢。3年経てば次の赴任先として本土に帰れるのだから。」と自分に言い聞かすことで振り切ろうとしていた。しかし、そんな想いも1カ月ほどで変化が現れ始める。

「茶髪に若い格好のチャラチャラした未熟な新人教師の私が出会ったのは隠岐の温かい人達でした。こんな私を迎え入れてくれた島民の人達の温かさは春の陽気そのもののようで、ショックを受けていた私の心を優しく包み込んでくれました」と、住み始めて直ぐに実感することに。始まりはフェリーが到着した港に私の名前が書かれたお手製のダンボールを持って迎えてくれていた同僚の先生達。そこから島生活に不慣れな私を気遣ってくれる近所の人たち。本土には無い教師と生徒や、お酒を一緒に飲む親たちとの近い距離感など。

「人とのつながりという温かさを、海を渡ることで教えてもらいました」人生の大きな分岐点となった隠岐の始まりを楽しそうに聞かせてくれた。


「タビの人」と隠岐の魅力。


隠岐では海を渡り、島へやってくる人を「タビの人」と呼ぶ文化がある。一昔前では日本全国を北前船という行商の船が巡っていて、隠岐へもやってきた。多くの品物や文化を運んできたそうだ。また島流しとして隠岐へさまざまな人がやってきた。それらをはねのけずにうまく取り入れる文化が隠岐には今でも残っている。「私もタビの人として始めに受け入れてくれたから移住した今があると思います」
「2年が経ち、あと1年で本土へ帰るとなると無性に寂しさがこみ上げてきて、まだここに住みたい」3年で帰るのはもったいない気がしてきて、もう1年ここにいたいと思うようになった。その生活の中で日を追うごとにどんどんと隠岐の魅力に取り憑かれていった。

「周りには大自然。海も山も川もすぐそばにあり、自然と共に生きるという言葉通りの生活です。大型のデパートや遊園地などはありませんが、遊ぶとなれば大自然とすぐに遊べます」「ご飯も本当においしくて、ありがたいことに海の幸と山の幸がすぐ身近にあります。しかも、おすそ分けの文化が今でも根付いていて、隣の人同士や島民同士で助け合って生活しています。当然そこにタビの人も溶けこめるように受け入れてくれます」

こんな魅力が最初は帰りたい一心だった谷田さんの心をみるみる変えていった。そして、現在は隠岐で出会った旦那さんと雑貨屋さんを経営。島根や隠岐の特産から海外の器など幅広く、想いの詰まった雑貨がたくさん置いている。
旦那さんと出会うまでは「いつか本土に帰る」という気持ちがあったが、結婚してからはその気持ちも影を潜めていった。


地に足をつけて暮らす。


「大事なことって普段の生活をしているとやっぱり見過ごしちゃうと思うんです。私も本土で生活していた時はもちろん気付いていなかったし、隠岐に住んでからも慣れてしまうと有難い事を忘れてしまったり。今では逆に隠岐を訪ねてくださる人からそういうことを教えてもらう事も多いですね」6年ほど前に教師をやめ、家業であるお店を旦那さんと一緒に営んでいる。その中で今までとは違う人とのつながりも増え、隠岐の魅力や自然への感謝など改めて気付かされることも。

「もちろん、いい事ばかりではないですよ。本土へは船か飛行機で行かなければなりませんし、天候次第ではそれも欠航されることも。便利なものが溢れるとそれが当たり前になってしまう。何でもうまくいくわけではなく、必要なものが無かったり予定が急遽変更させられたりする。うまくいかない事も受け入れるという器の大きさも隠岐の生活では求められる。そういった経験をすることで『有難い』という事の本当の意味を隠岐で教えてもらい、これからはそれをどんどん発信していきたいと活動する谷田さん。

お店のブログでの発信や、別の島民の方や移住された方と一緒にいろいろな取り組みをしている。もちろんタビの人を巻き込みながら。
「地に足をつけて暮らしなさい」と隠岐への赴任が決まった時に母親に言われた。当時はその意味もわからず、なかば運命を恨みながら訪れた隠岐。「その意味が母親になった今少しずつわかってきました。それは命を育む大自然に感謝しながら、そこで生かされる人が横の人と手を取り合っていきていくということなのかもしれません」

地図上や実際の交通手段では海という隔たりのある隠岐の島。しかし、本当の意味では島の内も外も無く、互いに助け合っていきていくことが大事と自分の人生を振り返る。「気付けばまだ隠岐の話もなかった非常勤講師着任当初、ふと海を眺めて見えた隠岐の島。後から聞けば50キロも離れているので本土からも見えるのは年に1、2回ぐらいしか見えないそうです。その時から始まっていたのかもしれませんね」

隠岐の魅力から人生の不思議まで、さまざまな体験を通して見えたことを隠岐移住の体験として語ってくれた。最近では隠岐への移住者や旅行者も増えてきているようで、タビの人とも触れ合いながら楽しみな日々を隠岐で送っています。


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